「僕の人生には事件が起きない」は、お笑いコンビ ハライチの岩井勇気さんの初エッセイです。岩井さんの日常が、漫才のネタのごとくに面白おかしく語られています。相方の澤部佑さんに対する本音も明かしてます。
岩井勇気さんの紹介
岩井勇気さんは、幼馴染の澤部佑さんと、2005年にお笑いコンビ「ハライチ」を結成。コンビ名の由来は出身地上尾市の地名「原市」からだそうです。ハライチは、2008年にM-1グランプリの準決勝まで勝ち上がったのがきっかけでテレビに出るようになりました。
岩井勇気さんはボケ担当で、漫才のネタはいつも岩井さんが作っています。岩井さんは普段、小説やエッセイなどは読む習慣がないそうです。読むとすればライトノベルで、どちらかというと漫画やアニメ、絵が好きなんだそうです。
「僕の人生には事件が起きない」タイトルの由来
岩井勇気さんは、19歳で芸人になり、22歳でテレビに出るようになったので、下積みといっても3年程しかなく、その下積み期間もたいして苦労した記憶がない。30歳まで埼玉の親元で暮らし、東京に片道1時間かけて仕事場に通っていたので、生活にも特に困ったことがない。
自分の生い立ちを深堀りされるテレビのトーク番組に出演しても、番組のネタになるような苦労話がない。日常生活の中でも、特に悪いことやハプニングが起こることもなく普通にすんなりことが運んでしまうため、「僕の人生には事件が起きない」という題名になったとのこと。この題名は、ライトノベル風につけてみたとのこと。
↓岩井勇気さんの本
「僕の人生には事件が起きない」の要約
はじめに
メゾネットタイプの一人暮らしでの出来事
家の庭を”死の庭”にしてしまうところだった
自分の生い立ちを話せない訳
ほとんど後輩と連まない僕と仲の良かった後輩
以下省略
創作活動について
岩井勇気さんは昔、水彩画や油絵を描いていたことがあったので、美術館に行くのが好きらしい。
中でもとりわけ油絵を見に行くことが多く、その画家が見つけた描き方や、固定観念から逸脱した考え方で描いた現代アートの絵を見ると、頭の中の扉が開き、新しい感じのネタが作れるんじゃないかと思う。
ここに私は共感出来ました。やはり、創作を生業にしている人は、自分の感性を育てるために、普段からインプットをしているんだな、と思いました。苦労はしていないかもしれないけれど、努力はしているな、と思いました。お笑いのネタのインプット元が、一見関係のない「アート」というのが面白いですね。
相方の澤部佑さんについて
岩井勇気さんは著書の中で、相方の澤部佑さんのことについて語っています。
澤部さんは、テレビのバラエティー番組受けする性格なのですが、その一方で、特定のファンとか特定の慕って来る後輩とかがいないとのこと。その理由として、
澤部にファンがいなかったり、後輩に憧れられないのは僕が思うに、澤部の返しやリアクション、バラエティでの立ち振る舞いが全てどこかで見たことがあるものだからなのだ。他の芸人がどこかでやっていそうなことで成り立っている。澤部は誰かがやっていたことを吸収して、自分を通してアウトプットするのがとにかく上手いのだ。178ページ
岩井さんから見て澤部さんは、小学校の時から他の同級生とは違い、笑いのセンスが光っているように見えたそうですが、
芸人を始めてハライチのラジオ番組ができた時、僕はとにかく色んな芸人のラジオを聴いてみた。すると深夜ラジオ独特の笑いが、小学生の頃にセンスある言葉を放っていた澤部の笑いと似ていたのだ。 そこでわかったのだが、澤部は小学校の頃から深夜ラジオを聴いていたので、その笑いを吸収していた。それをラジオなどを聴いていない同級生にアウトプットしていただけだったのだ。179ページ
ここで感じたのは、やっぱり人は自分がインプットしたもので出来ている、ということ。普段自分が見ているものが、無意識のうちに自分に深い影響を与えているんだと感じました。自分が普段、見ているもの、付き合う人などは意識して選んだほうがいいと思いました。
テレビのバラエティー番組や、ラジオの深夜放送から、自分が良いと思ったものを、吸収して器用に自分のものにする澤部さん。澤部さんは自分のオリジナリティにこだわるという部分がないので、時流に合わせて「笑い」がどんどん変化していきます。
岩井さんは、本質的な部分がアーティスト気質なので、例えばテレビなどで、やらされ感のある仕事では、本来の能力が発揮できないようです。
「こうしてもらえませんか?」と言われた時に「だったら俺じゃなくていいんじゃないのか?」と思ってしまうことがある。誰がやってもいい仕事をやって結果を出しても僕は満足感を得ることができない。183ページ
テレビは、時代の移り変わりがとても早いです。笑いにも流行があって、時流に乗っていないと、一発芸人で終わってしまいます。テレビは世間の人が求めるニーズに応えないと視聴率を稼げないです。視聴者の求めるものを表現していかないといけないですよね。
一方で、創作活動は、その人らしさを表現することが求められますね。
絵本「えんとつ町のプペル」脚本&監督を務めた、キングコングの西野亮廣さんや、芥川龍之介賞受賞作家である又吉直樹さん、映画監督の北野武さんや、画家の片岡鶴太郎さん、絵の上手な木梨憲武さんや平野ノラさん。
みんなそれぞれ自分の個性を上手に表現している人ばかりですよね。
テレビは、世間のニーズに柔軟に合わせられる澤部さんが向いてるし、自分というものをしっかり持っている岩井さんは、創作活動に向いています。どちらが優れていて、どちらが劣っているとかではなく、それぞれの持ち味の違いだと思いました。
小学校5年生の時に初めて岩井さんと澤部さんは同じクラスになります。
澤部とはすぐ仲良くなったのだが、一緒に遊んでいて楽しいながらも、どこかで面白さでは負けたくない、という気持ちが芽生えてきていた。しかし僕の性格上、澤部のような笑いの方向に行ってもそもそも澤部がいるので勝てないし、オリジナリティがないと思ってしまう。なので澤部がやっていること以外のことで笑いを取るようになっていったのだ。184ページ
岩井さんの芸風は、澤部さんがやっていないことを極めていった結果だとのこと。相方の才能を認めつつも、ライバルとして複雑な心境を持っていることを告白されていました。
この気持ちは共感できるな、と思いました。ライバルに成功して欲しいと思う反面、負けたくないという気持ちって誰でもありますよね。
岩井さんの場合は、自分の個性というものを大切にして、澤部さんの真似をする道を選ばず、自分なりの笑いを試行錯誤で作っていったところが素敵だな、と思いました。
「僕の人生には事件が起きない」の感想
エッセイ形式で、岩井勇気さんの日常が語られています。本の内容は、お笑いのネタの延長というか、「そうなんかいっ」とツッコミを入れたくなること多々あり。
(´・ω・)
お笑いのネタを作っているだけあって、間の取り方がうまいと思います。
面白かったシーン
初めて入ったラーメン店で、期間限定の「海老つけ麺」を注文した岩井さん。
つけ汁が少なく、麺がまだ残っているのに、食べている途中で、つけ汁がなくなってしまいます。つけ汁をオーダーする岩井さんですが、店員曰く「期間限定メニューはつけ汁の追加注文やってない」とのこと。
「つけ汁」ってそもそも注文するものなのか?と思う私。
つけ汁別オーダー? (・へ・)
ふとカウンターを見ると、手書きで「スープ割りあります!」の文字。
つけ汁が余ったっていう前提で割るスープのことね、いちおう説明すると。(^_^;)
腹が立ったので、つけ汁をこそぎ取ってピッカピカになった器を店員に差出し「スープ割りください」と言った。見て分かる通り、割るものなんてないですけどね、という意味の最後の抵抗を込めて言ったのだ。
ドヤ顔で空のどんぶりを差し出す岩井さんが目に浮かぶよう。( ˘•ω•˘ )
すると店員は「わかりました!」と気力のない返事と共にピッカピカの器に透き通ったダシを入れて僕に差し出してきた。図太いやつだ。
M-1グランプリ準決勝進出した岩井さんの上を行くボケをかます、とあるラーメン屋の店員。
(;´・ω・)
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「リアル型脱出ゲーム」というのがあるそうです。
どこか特定の場所に閉じ込められるところからスタートし、謎を解いて脱出を目指すゲームです。参加者同士は初対面ですが、お互い協力して謎解きをします。岩井さんは、仕事で知り合った人とゲームに参加しました。
しばらくするとOLグループがそわそわし出した。「すいません。今日来るはずだった子が1人、行きの電車が止まって来れなくなっちゃって…」と言った。
ゲームがスタートする前に、一緒に参加する人の中で、棄権する人が出てきます。
参加しているメンバーの中でひとり、特にキャラが濃い「リアル型脱出ゲームオタク」の人の行動と、それについての岩井さんの心の中の声が面白いです。
ゲームの設定も結構凝っています。「時空のトンネル」という設定の通路を通ると、そこには、1日前の部屋という場所があって、ゲームに没頭しすぎた岩井さん。
「今、来れなかった友達に電話して、明日電車が止まるってことを伝えたらいいんじゃないですか?」と言おうとしたのだった。
さっきのOLグループに危うく言う寸前のところで気がつきます。
1日前というのはゲームの設定で、リアルの世界の話ではないということに…。
(;´・ω・)
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岩井さんが、コーヒーマシーンを購入しに電気屋さんに行った時のこと。お店には、それぞれ15万円と13万円のコーヒーマシーンが置いてあり、見た目も機能もそれほど差がなさそうに見えるその2つのコーヒーマシーンの違いが知りたくなり、店員に問い合わせるも、店員は店の奥に確認しに行き、なかなか戻ってこない。
待っている最中、足もとを何かが通るのが視界にちらついたので下を見ると、どこからともなくルンバが来て足元を掃除していた。掃除機のコーナーから解き放たれたのか、野良ルンバが彷徨っていたので、「危ないから元いた場所へお帰り」と手で掃除機のコーナーの方向へ導いてやると、ルンバは素直に帰っていった。63ページ
なんでここでいきなりルンバが出てくるのー?( *´艸`)
唐突にルンバが現れるので、なんか可笑しかったです。文章の絶妙な「間」で笑わせるところが上手いです。
この3つのお話は、特に私のお気に入りで、登場人物のキャラの濃さや、岩井さんが、素人相手にボケるところ、舞台背景の設定などがとても勉強になります。
「間」の取り方とか、話の運び方とか、真似したい表現がいっぱいありました。
エッセイって簡単に書けそうで、実はなかなか難しいですよね。岩井さんのように、何でもない日常を面白く書けたらな、と思います。